小説 昼下がり 第四話 『晩秋の夕暮れ。其の一』



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      (十九)
 空を見上げると、並び立つ大きなビルの
窓ガラスに反射された陽の光が眩しい。
 湿気が少ないせいか、穏やかな心地よさ
が身体を包んだ。
 銀座三越の前で立ち止まり、煙草に火を
付けた。そのとき、通りを挟んだ歩道に一
人、手を振る男がいた。
 じっと見詰めると何と、透(とおる)だっ
た。傍(かたわ)らには、うら若き女性がぴ
たり寄り添っている。
 「おーい、おーい!」と大きな声で手を
振っている。信号が変わるのを待てないの
か、足をもばたばたさせている。
 変わると同時に、小走りで横断歩道を渡
ってきた。フゥ〜フゥ〜、息を弾ませなが
ら、透は口を開いた。
 「大きな声で呼んでいるのに、知らん顔
してつれないな、お前はー」
 「こんにちは、啓ちゃん」。妙子はバツが
悪そうに、透の背中越しにペロッと舌を出
した。
 啓一は多少、びっくりした。まさか、透
と妙子が手を携(たずさ)えて銀ブラとは
ー。
 どう言葉を返していいものか、突然の出
来事に啓一は戸惑っていた。爽やかな秋風
に妙子の短い髪が揺らいでいた。

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 それにしても、人口が日本一の東京の銀
座でばったり会うとは何という、神の悪戯
(いたずら)か。
 啓一は末だ、信じられない気持だった。
 「啓ちゃん、どうして私たちがーって思
ってんでしょう?」
 妙子は啓一の心の中を見透かしたように、
機先を制した。
 *『妙子(たえこ)』…秋子と亡くなった
ご主人との忘れ形見。十八才。もうすぐ東
京の某短大を来年春に卒業。
 ショートカットの髪が良く似合う、容姿
端麗で、性格は活発な八頭身美人。
 部活ではテニス部に属しているがゆえか、
小麦色の肌が快活さを現している。
 「啓一、俺達は半年前ぐらいからの付き
合いなんだ。
 あるとき、雨の日だった。この銀座で偶
然出会ってー。それからの付き合い。
 今日もお前とばったり偶然。偶然の神様
が俺達に宿っているとしか思えないな」
 啓一とほぼ同じく、背丈は一七五aはあ
る筋骨隆々の透のバツの悪そうな表情に、
啓一はほのぼのとした感覚を抱いた。
       (二十)
 「ところで、静江はー?」と云ったとこ
ろで啓一は口をつぐんだ。

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 〔しまった!〕と思ったが、すでに遅か
った。妙子の表情がピクリと動いた。
 「静江のことかー? 東京に来る予定だっ
たが、三ヵ月前ぐらいに手紙がきて、田舎
で良い人が出来たんだとさ。
 もうすぐ嫁入りするって。相手はお前も
知っている中学時代の秀才の鼻たれ本田よ。
 そうそう、川嶋さんに宜しくお伝え下さ
い―と書いてあった。最後に小さな字で、
『本当は川嶋さんが好きでした』って書い
ていたな。お前のことだよな、啓一。もて
る男はつらいなー」
 透はいけしゃあしゃあ、あっけらかんと
大声で笑った。
 つられて妙子も啓一の眼をじっと見詰め、
クスッと微笑んだ。
 ―その後、三人は三越横のオープンカフ
ェに入り、珈琲を頼んだ。大きなカラフル
なテントが陽を遮(さえぎ)る。
 そういえば、下宿を出てからずっと立ち
っ放し。ステンレスの椅子に座った啓一は、
ようやく人心地(ひとごこち)ついたような
気分に陥った。
 「ところで妙ちゃん、お母さんは今日の
ことを知っているの?」
 啓一は妙子の母、秋子のことが気になっ
ていた。

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